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対談:再び、ともにつくる新しい景色

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フラクトとたきコーポレーションによる対談企画の第2弾。前回のフレスポ若葉台「ふむ・あそぶ・デジタルパーク#ヒトフミ」に続き、今回は登別マリンパークニクスに誕生した「WonderBox360」を取り上げる。

國井 丈嗣 (くにい たけひで)

株式会社たきコーポレーション 執行役員 / ZERO カンパニー副代表

グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートし、ゲーム事業部やWEB事業部での実務を経験したのち、2010年に執行役員に就任。その後は海外事業への進出や海外でのインスタレーション展示などさまざまな事案に携わりながら、執行役員兼現役クリエイティブディレクターとして社内外で活躍している。

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伊東 伸太郎 (いとう しんたろう)

フラクト株式会社
代表取締役

貿易業からLEDビジョンへ辿り着き、その圧倒的な可能性に魅せられ2020年7月にフラクト株式会社を創業。単なるハードではなくその先のコンテンツが映像体験の核と確信し、技術力×発想力のソリューションを創造。LEDビジョンとコンテンツを両輪とする「空間をデザインする体験」を提供するプロとして挑戦を続ける。

東 菜摘 (あづま なつみ)

フラクト株式会社
映像制作ディレクター

フラクト代表の伊東より「LEDの魅力」について2時間の猛プレゼンを受け、2021年2月入社。映像制作の責任者として、制作ディレクターとして従事している。「心が動くコンテンツづくり」をモットーに、世界中のLEDビジョンコンテンツを調査し、新しいコンテンツの企画・ディレクションを日々行っている。

来場者にどんな反応や振る舞いが生まれたか

登別マリンパークニクス「WonderBox360」では、子どもが床に座り込み、大人が思わず立ち止まり、家族が自然と輪になった。

そこにあったのは映像を「見る」体験ではなく、その世界の中で人が時間を過ごす体験だった。

この対談では、その体験がどのような発想と試行錯誤から生まれたのかを、企画・コンテンツ・LEDビジョン、それぞれの立場から振り返る。

登別マリンパークWonderBox360

「こんな楽しいとこ連れてきてくれてありがと!」と母親に言うかわいい声が聞こえる。幼児は映像に包まれながらなぜかとりあえずくるくる回る。大人も手を広げて一緒に回る。見るでも感じるでもない、笑顔を伴った反射だ。 

少し大きな子どもたちは、前へ進む映像に合わせてBOXの中を走り、滑り、ジャンプする。海の中を優雅に泳ぐしぐさをする女の子。足元に近づいたエイに驚き思わず飛び退く男の子。 

言葉にする前に身体が動いてしまうのか、修学旅行で訪れた生徒たちは、荷物を放り投げながら、次々と駆け込んでいく。空から落ちるシーンで「うわーー!」、滝を急降下するシーンで「うわーー!」。 

大人たちは少し控えめな反応を見せる。荷物を持ったまま入ってしばらくするとバッグをそっと足元に置く。視線はLEDビジョンから外れない。床ビジョンに座り込み、後ろ手をついて天井ビジョンを眺める女性。「登別、やるじゃん」と、ボソッとつぶやく人。大の字になって寝そべるスーツ姿の男性。楽しんでいる? くつろいでいる? いや、「ただそこにいる」のだ。 

家族が車座になって、コンテンツを何周も見ている。映像に見入る少し後ろで、その様子を微笑んで見つめる連れ合いらしき人。肩や背中に手を添えながら、同じ画面を眺めるカップル。 その人たちの間に流れる空気が変わっていく。

映像そのものへの驚きや面白さでは説明しきれない振る舞い。
ただ画面に見入っているだけでは生まれない反応。

そこでは、映像を見ることと、その場にいることが分かれていない。人がその世界に入り込む体験をつくるために設計されたからだ。そこに来場者自身の振る舞いや、一緒にいる人との時間が重なることで、作り手の想定を超えた新たな体験価値が生まれた。

フラクト×たきコーポレーション

LEDビジョンを、広告媒体として見ていた頃

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伊東(フラクト): Wonder Box360の始まりは、北海道マリンパークさんから「デジタルを使って新しいことがしたい」と相談をいただいたことでした。そこで、実際の水族館では見られない生物や、行くことのできない場所まで体験できる、デジタルならではの空間をつくれないかと考え、そのコンテンツ制作をたきコーポレーションさんに相談ですよね。

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國井(たき): その構想に対して、完成した動画を流すのではなく、リアルタイムで動く三次元の世界としてつくる方法をご提案しました。その方が表現の幅が広がるし、完成後も世界そのものを更新していける。

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東(フラクト):こうした発想が出てくること自体、最初の頃から考えると大きな変化ですよね。私が入社した頃は、LEDビジョンは大きな画面でPR動画を流すための広告媒体という認識で、私自身もそう思っていましたし、社内も同じだったと思います。

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國井(たき):僕も最初はそうでした。映像を表示するための大きな装置。それ以上のものとしては、まだ見ていなかったですね。

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伊東(フラクト): それが今は、LEDビジョンありきで、映像のつくり方や空間の構成を考えている。最初の頃から考えると、ずいぶん遠くまで来た気がします。

以前は、できあがった映像をどの画面に映すかという順番でした。今は、どんなLED空間をつくるかによって、映像の視点も動きも、つくり方そのものも変わる。LEDビジョンが、最後に映像を載せる装置ではなく、最初から表現を決める条件の一つになったんですよね。

画面の先に、空間があった

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國井(たき): 映像の仕事はずっとしてきましたが、画面の中で完結するものには、少し飽きていたところもありました。ウェブも、最初は新しい表現の場だったけれど、成熟するにつれて機能的なものへ戻っていった。そこで、もう一度映像の方が自由だと感じるようになったんです。

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伊東(フラクト): LEDビジョンも、最初は映像を流すための器だったのに、Wonder Box360では、その器自体が目的を持った空間になりました。

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國井(たき): 映像をどこから見るかが決められていないんですよね。正面もないし、立っても座ってもいい。見る人が空間の中に入ることで、映像の意味も変わってくる。

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伊東(フラクト): こちらも、表示品質や設置精度だけを見ていればよい仕事ではなくなりました。機材として成立しているだけでは足りない。人がその場所に立ったとき、空間としてどう見えるかまで考えなければならない。

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國井(たき): LEDビジョンを使っているというより、LEDによって空間をつくっている。その感覚に近かったですね。

「違う」の正体を探す

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東(フラクト):最初に映したとき、「違う」となりましたよね。そこから、たきコーポレーションさんが何度も調整していく様子を、こちらも現場で見ていました。

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國井(たき):困ったというより、「ここから良くできる」という感覚でした。ただ、違うことは分かっても、何が違うのかはすぐには分からないんです。

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東(フラクト):木の折れ方や、木までの距離も、映して確認しながら何度も変えていましたよね。

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國井(たき):折れていれば自然に見えるわけでもないし、近づければ迫力が出るわけでもない。少し動かして映してみる。「もう少し目線を上に!」と変えて、また見る。その繰り返しです。

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伊東(フラクト):そばで見ていても、少し変えただけで見え方が大きく変わるのが分かりました。完成した映像だけを見ると、そこまで細かい調整が積み重なっているとは分からないですね。

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國井(たき):表面の材質やその粒度のような、一見小さなことが形になっていかないと、空間全体が成立しないんです。正解を理屈だけで決められないから、その場で一つずつ確かめるしかない。

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東(フラクト):華やかな完成形の裏側にあるのは、結局、そういう泥臭さなんですね。

視点が変わった瞬間

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伊東(フラクト):制作の途中では、実際の空間に映して初めて見えてきたこともあったそうですね。

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國井(たき):ありました。画面の中では成立しているように見えても、実際の空間に広げて、そこに立ってみると、どこか違う。制作環境だけでは分からない感覚があったんです。

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伊東(フラクト):映像として見ることと、その場で体験することは違った、と?

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國井(たき):違いましたね。そこから、空間の中でどう見えるかを確かめながら、少しずつ調整していきました。すると、ある瞬間に、それまで別々に見えていたものが急につながったんです。

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東(フラクト):「きた」と思った瞬間があった。

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國井(たき):ありました。「きたきた」と声が出るくらい、空間全体の見え方が変わった。大きく何かを変えたわけではないのに、そこにいる感覚が急に立ち上がったんです。

フラクト×たきコーポレーション
フラクト×たきコーポレーション対談第2弾
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伊東(フラクト):通常の映像なら、画面の中で最もよく見える構図を決めれば成立する。でも、この空間では、それだけでは足りなかった。

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國井(たき):そうですね。人がどこに立ち、何を見て、自分と周囲の世界をどう感じるか。そこまで含めて考えないと成立しない。その関係を変えることで、同じ空間でも、感じられる大きさや距離感はまだ変えられると思っています。

まだ面白いことがある

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伊東(フラクト):いろいろな経験をして、ロジックも分かっている國井さんが、今回の取り組みを通して「まだ面白いことがある」と感じてくださったことが、私たちはうれしかったんです。

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國井(たき):本当に、子どもの頃に戻ったような感覚なんですよ。ありんこを掘っているだけで楽しかったじゃないですか。何が出てくるか分からないまま、夢中になれる。

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伊東(フラクト):分かってきたから可能性が狭まるのではなく、やってみるほど、まだ見えていないものが増えていく。

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國井(たき):そうですね。視点を変えれば別の世界になるし、スケールの感じ方も変えられる。形状によっても、映像のつくり方は全く違う。まだ試していないことがいくらでもあるんです。

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伊東(フラクト):LEDの服のように、すぐにスタンダードにはならなくても、「こんな未来もあり得る」と先に示すものもありますよね。

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國井(たき):そういうものが、新しい用途のきっかけになる。実用性が決まってからつくるのではなく、まずやってみることで、可能性が見えることもあると思います。

食べた瞬間に、ニヤッとするもの

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東(フラクト):マリンパークの現場へ向かう車で、取り止めのない話をしているとき、「楽しいことをただやりたい」とおっしゃっていましたよね。あの言葉がとても印象に残っています。

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國井(たき):そうですね。ただ、僕が言う「楽しい」は、派手なことをやりたいという意味ではなくて。突き詰めると、料理に近いと思うんです。SNSでバズって、一度写真を投稿したら終わるような料理もある。でも僕は、食べた瞬間にニヤッとするものを出したい。

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伊東(フラクト):見た目で驚かせることよりも、体験した人にきちんと届くものを、ということですね。

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國井(たき):そうなんです。相手のことを考えて、そのときのベストを出す。言葉にするとごく普通のことですが、本当にやろうとすると、なかなか難しい。

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東(フラクト):今は、何かを強く見せようとすると、さらに刺激を足していく方向に流れがちですよね。

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國井(たき):刺激が多すぎて、栄養のないものでお腹がいっぱいになるような感覚があります。そうなると、自分が本当は何を見たいのか、何を気持ちいいと思うのかまで、分からなくなってくるんです。

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東(フラクト):だからこそ、その中で本当に届くものを、どう見極めるかが大切になる。

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國井(たき):そうですね。ちゃんと届いたときにしか出ない反応があると思っていて。僕がつくりたいのは、そういうものなんです。

一段ずつ、届く場所へ

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國井(たき):そういう反応を生む表現を、空間映像でもっと突き詰めていきたいんです。ゲームエンジンを使った制作にはまだ大きな可能性があると思っています。日本にこんな面白いコンテンツがあると世界に知られるような仕事をつくりたい。映像制作に使っているUnreal Engineの開発元から取材に来るような。

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伊東(フラクト):大きな目標ですが、急にそこへ飛ぼうとしているわけではないですよね。

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國井(たき):今は一個ずつ階段を上っている感覚です。クオリティを確実に上げていけば、見てくれる人はいるし、次の仕事にも届く。

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伊東(フラクト):瞬間的に大勢を集めるものとは、少し違う。

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國井(たき):そうなんです。「みんなが来ているから行く」という瞬発力ではない。積み上げた先で、分かる人に見つけてもらいたい。

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伊東(フラクト):商業的な仕事をしない、ということでもないですよね。

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國井(たき):それも必要です。お金になる仕事もきちんとやりながら、自分たちが本当に残したい仕事もやる。毎回完璧な仕事だけを選べるわけではないけれど、本質を見ることはやめない。

誰と、どんな仕事を残すか

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國井(たき):大勢の人を束ねる仕事には、それ自体の面白さがあります。ただ、人数が増えるほど、人との関係が薄くなることもある。僕は今、もう少し人間を感じられる距離で仕事をしたいと思っています。

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伊東(フラクト):規模を大きくすること自体が目的ではない。ただ依頼された仕事をするのではなく、出来るまでの過程を誰とやるか。

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國井(たき):銀座の大手百貨店のような素敵な店をやりたい人もいれば、小さな個人店でも、「百貨店よりよりいいものを売っている」と言われる店をつくりたい人もいる。自分に合うのがどちらなのか、ということだと思います。

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伊東(フラクト):たきコーポレーションにとっては、どんな仕事を受けるかも重要になってきますね。

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國井(たき):受注すること自体は難しくないんです。でも、何でもいいわけではない。最初から、良い仕事として残せるものを出したい。

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伊東(フラクト):私たちが持っていく仕事にも責任がありますね。

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國井(たき):フラクトさんが良い仕事を持ってきてくれることは大事です。そこで僕らが、作品として残せるものをつくる。どちらか一方だけでは成立しないと思っています。

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伊東(フラクト):小さなチームでも、規模ではなく仕事の質で選ばれる関係をつくる。

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國井(たき):そういう積み重ねの先に、自分たちらしい形ができるんだと思います。

Wonder Box360は、完成した時点で終わったのではない。

人が中に入り、走り、寝転び、誰かの肩に触れ、同じ方向を見た。その振る舞いによって、設計された空間に、設計だけでは生まれなかった意味が加わっていった。

その土台にあるのが、壁だけでなく床と天井までをLEDビジョンで囲んだ5面の空間だ。正面の画面を見るのではなく、その世界の中へ身体ごと入っていく。足元にも頭上にも情景が続き、視線をどこへ向けても現実に引き戻されない。視覚として受け取っていたものが、いつの間にか自分のいる場所になる。

床には、人が歩き、走り、座り込むことを前提とした高耐久のLEDビジョンを採用した。壁や天井を含め、異なる条件を持つハードウェアを一つの空間として成立させなければ、コンテンツがどれほど精密でも、この体験にはならない。

つくり手が用意できるのは、体験そのものではなく、体験が起こる条件までなのかもしれない。

映像の視点や距離を調整し、それを受け止める空間をハードウェアとしてつくり込む。それでも、その場で人がどう動き、誰と何を感じるかまでは決められない。だからこそ、完成後に初めて見えてくる価値がある。

LEDビジョンを映像表示装置として考えるなら、評価の基準は画質や大きさに置かれる。けれど、人がその中でどう過ごすかまで含めて考えるなら、ハードウェアは映像を支える器ではなく、体験そのものを成立させる空間になる。

Wonder Box360が示したのは、LEDビジョンの新しい使い方だけではない。ハードウェアとコンテンツを切り離さず、その場所で起きる人の振る舞いまで含めて設計することで、LEDビジョンが担える仕事の範囲そのものが広がるということだ。

作品は、つくり手だけでは完成しない。
その場所を訪れた人が、それぞれの時間を持ち込んだとき、初めてその先が始まる。

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